「きなこつみ物語」

「きなこつみ物語」(劇団きらら) 5月12~15日、熊本市・ギャラリーキムラ

 

 60分余りと短い作品だが強い訴求力があった。世間と対峙してもがく人間に対する信頼が、劇団の過去作と同じく本作にも色濃くにじんでいる。そして作・演出である池田美樹の人間の内面の掘り下げ方がますます深くなったように感じる。

 舞台は今から10年前の2013年。ショッピングモールのテナント、だんご屋で働く30歳代ごろとおぼしきアルバイトの女性2人(森岡光、オニムラルミ)と、新入りバイトの男子大学生(磯田渉)の3人の交流を、男子学生の視線でユーモラスに描く。

 東日本大震災原発事故後の社会的不安にまだ濃密に覆われていた時期。さらに当時の30歳代といえば、就職氷河期が直撃した世代だ。ワーキングプア、負け組、自己責任などの言葉がまとわりつき、極言すれば、日本社会から捨て石のように扱われた人々が多い世代ともいえる。震災後にもてはやされた「絆」という言葉と裏腹に、日本人同士の心理的つながりの分断の進行に歯止めがかからず、人々は自分や家庭のことで精いっぱいとなり、社会の中から支えあい助け合う心性がますます失われっていったことが、本作のせりふや演技の節々からも伝わってくる。

 劇中の女性2人はそれぞれ人生の悩み、葛藤、苦しみを抱えている。つらかった過去、充足できない現在、希望が持てない将来。公正に見えつつ弱者に冷たい世間に押しつぶされそうになりつつも、なんとか生きていこうと踏ん張る。かりそめかもしれないがバイト同士の励ましで獲得したプラスのエネルギーを糧に頑張って生きる彼女たちの姿に心を打たれる。10年後となった現在はどのように生きているだろうか。連絡をとりたい気持ちもあるが今を知ることを恐れる、かつての男子学生のラストでの逡巡が心に染みる。

 利己的な価値感に一層馴染んでいるであろう今の私たちに、時代のひだに埋もれてしまいかねないミクロな生、同じ時空に生きる一人ひとりの生から決して目を背けてはならないことを思い起こさせる強靭な主題。コロナ禍で劇団としての自主公演は3年半ぶりだそうだ。この間、思索を深めたであろう池田の今後の作品も楽しみだ。他に池田と手島一が出演。(臼山誠)