「誰が殺したペッコロタンゼ」(飛ぶ劇場) 10月23~25日、J:COM北九州芸術劇場
ラスト近くで桑島寿彦演じる菓子店店主が毒入り飴玉を配り、自身を含め食べた者たちがみな死んでしまう。一見救いのないこのシーンに考えさせられた。戦争が絶えない世界の現状をみた作者がその根幹にあると考える、人間の本性への疑念が顕れた作品とみていいだろうか。人間は本性的に争いを止められない生き物なのではないか。ならば本当の平和を実現するためには、争いに転化しかねない怒りと憎しみの情動のエネルギーを抱えた人間をすべて排除してしまうしかないのではないか。作・演出の泊篤志は観客を含む自他に対してあえてこの逆説的な問題提起を行い、いまを生きる一個の人間として自身の姿を見つめ考えることを深く促すのである。
芝居で描かれたのは川を挟んで隣り合う二つの地域住民たちのいがみ合いである。中間に位置する中州の公園で遺体が発見される。ミステリー要素をはらみつつ、過去の殺人事件の応酬で膨らんだ両地域住民の憎しみの連鎖が表現される。和解が成立し、頭の中では近隣同士融和して生活していかねばならぬことは分かっている。しかし、ふとした拍子に心のうちから憎悪が沸き起こるのである。A町、B町という町内会程度のコミュニティーの住人たちの設定になっているが、現代世界の不穏な状況に想像が飛ぶのは容易だ。平和維持のために設けられたどちらにも属さない緩衝地帯、土地と歴史への執着から離れられない住民、同じ町民(つまり同胞)が惨殺された記憶と伝承を強烈に保持し続ける心情、平和実現と言いつつ対立勢力の弱体化と征服を図る者……。
見えてくるのは、言うまでもなく古今の国際社会の様相である。なぜ人間社会から戦争はなくならないのか。数十年前どころか数千年前と変わらず人間は、自分本位の正義や宗教的正しさを大義名分とし、自分たちの安全や利権の獲得、保持などのため懲りることなく他者の殺戮と戦争を繰り返している。その傍らで人類の叡知が延々と築こうとしてきた永遠平和は夢幻に過ぎないのか。
劇場で配布された文書に泊はこう書く。<自分が若い頃、「21世紀こそ争いの無い世界になるのではないか」と、明るい未来を信じているところがあったんですけど、気が付けば今、世界大戦一歩前みたいな状況に>なってしまっている。同世代の私もほぼ同じ思いを抱く。私たちが青少年期を送った20世紀後半の日本では、人間の思想と科学の進歩、国際政治における法と対話と武力抑制などによって平和な世界を将来達成できるのではないかという漠然とした希望と期待が多くの人に共有されていたように思う。しかし我々はその後到達した現代において、数千年来変わらない暴力の応酬、「力による正義」の公然とした復活、科学の発展の末に現れたAIの暴走の顕在化におののき、その現実のただ中にいることに改めて気づかされ慄然とするのである。
人間性への信頼の揺らぎと疑義の思索の奔流がこの芝居にある。社会や世界を構成する国や民族や集団がそれぞれ描く主観的な正義と利益は衝突し、争いの火種はなくならない。一つの集団の成功はしばしば他の勢力に負(身体的・経済的ダメージなど)をもたらすものであり、自分たちにはね返る怒り、悲しみ、憎しみを生じさせ、それが互いに繰り返される。旧約聖書の時代以来繰り返されるパレスチナの事例を見るまでもなく、臥薪嘗胆の故事を思い出すまでもなく、現代の反米欧テロリストの跋扈を見るまでもなく、日本と周辺国との関係やそれよりももっと日常の卑近なところにも事の大小を問わず確認できるのではないか。
憎しみの連鎖を断ち切るために、古来、様々な思想や宗教、政治形態・法制度、国際的枠組みなどが模索されてきた。人間性に信頼を置いたそれらの努力は一定の役割を果たしてきたことは確かだが、それにもかかわらず私たちは人間の暴力の応酬がなくなる未来を数十年前の日本人のようには気楽に描けなくなった。この芝居には、人間の争いの衝動の根幹にある何ものかを把捉しよう、との意識がこもる。理性で制御することが難しい部分に人間の本性の核心があるのではないか。その核心部分にある、怒りや悲しみ、憎しみの情動のうねり、エネルギーを完全にコントロールすることは不可能なのではないか。つまり、人間とは永遠に平和を築くことができない生きものなのではないか。その疑問は人間性に信頼を置くことへの揺らぎである。冒頭に記した終盤のシーンはこの諦観を表徴するものではなかったか。
制作陣も演者も観客もその描写は現実に取りえない選択枝であることは百も承知である。その上で人間にとって救いのある未来を想像しうるためにはどうすれば良いのか。我々に自分たちの現実を真正面から見つめること、自他の関係性のありようを自覚すること、人間性への信頼を吟味し再構築を試みること、そして地に足着けて再び深く思索することを促すのである。
劇団は来年創立40周年だそうだ。桑島のほか木村健二、葉山太司、寺田剛史、内山ナオミら長年劇団を担ってきたベテランたちの深みのある演技が印象に残る。(臼山誠)