「些細なうた」

「些細なうた」(非・売れ線系ビーナス) 7月1、2日 福岡市早良区祖原 NIYOL COFFEE

 

 若くして高い評価を受けていた早世の歌人、笹井宏之(2009年没)の短歌からはしっとりとした情景が立ち昇ってくる。決して写生的という意味ではない。我々常人では体感することができない、現実と異界の接地点にあるとでも言えばよいのか、常識的な言葉ではつむげない、彼特有の飛躍した言葉による合理的概念を超越した情景である。

 その笹井の歌から立ち昇る世界を演劇的に表現しようとした公演だった。劇団主宰の田坂哲郎は2011年に同タイトルのラジオドラマを書いて以来、その後演劇化してツアーを行うなど10年以上にわたって笹井の作品と向き合っている。

今作は歌そのものから触発された肉体表現であったり、創作した文章の朗読から演劇的な物語に導いたり、禅問答のような言葉の掛け合いからリズミカルな音楽的抑揚へ昇華させたり、短歌の朗誦を聞いて複数の風景写真から一枚を選ぶゲームに観客を巻き込んだり、いくつかのパフォーマンスを連続的に上演した。観客は視覚、聴覚、嗅覚などを異なる角度から次々に刺激され、確かに笹井の感じたであろう世界に接近したような感覚が芽生える。

 元来、言葉の力を大切にしてきた劇団だと思う。今回は、まず短歌や文章といった言葉があり、そこから生み出した演劇的空間の中で五感を刺激し、笹井の短歌世界を再生しようとしたと言っていい。それは、笹井自身が、彼が感じとった情景を彼特有の言葉をつむいで短歌という言語表現に落とし込んだのとは逆向きのベクトルとでも言い表せばよいだろうか。

 上演時間50分を一日に4回公演。回ごとにパフォーマンスなどの構成を変え、異なる風景を感じさせる工夫をしていたそうだ。鑑賞したのは1コマのみだったが、別の回も見てみたいと思わせる面白い試みだった。演出は木村佳南子。(臼山誠)