「草香江ポエトリークラブ」

草香江ポエトリークラブ」(灯台とスプーン) 12月2~3日、福岡市・湾岸劇場博多扇貝

 

 昔ながらの喫茶店を舞台にした芝居は静かに進んでいく。コーヒーの豆を引きドリップする場面。コーヒーの雫がぽとぽとしたたる音と香りが静かに漂う。ジョアン・ジルベルトのレコード「三月の水」をかける。針とレコード盤が擦れる音、続いてギターの音色が心地よく空気を揺らす。電気プレートでホットケーキを作る。焼けていく香ばしさを観客たちも共有する。詩や歌を黙読する際にはあふれ出てくる詩情や情景を効果音などで表現する。小劇場の小さな空間を効果的に利用し、視覚、聴覚、嗅覚を刺激して観劇する者を物語の中に包み込んでいく。作、演出の田村さえの手法が印象に残った。

 大濠公園(福岡市)の南に位置し、万葉集大伴旅人の歌にも出てくる古から続く土地、草香江にある喫茶店「シトロン」。古い喫茶店に土地のありようを象徴させ、草香江という町はそんな雰囲気の町であることが表現される。そして、人生の道程でたまたまこの店に集い、それぞれの事情で離れていった店主やアルバイト、客たちの過去と現在を結ぶ人情が交錯するストーリーが展開する。本作の場合は喫茶店だが、一つの場所が往時の姿を保ちつつ存在し続けることで、関係する者たちの心が時の流れとともにその場所に蓄積されていく。離れていった者もふとした拍子にその場所に思いを寄せると、あるいは久しぶりに立ち寄ると、心が触発され、何事かを思い、過去を確認し、また一歩ずつ未来へ向けて人生を歩み始める。しかし、開発などで場所の姿が変貌すると、古今をつなぐ拠り所を喪失してしまう。芝居を観ながらそんなことを考えさせられた。

 タイトルに表れている通り、場所と同じように心の奥底の琴線を揺らすものとして、詩についての会話が劇を通して交わされる。論理的な文章では伝えることができない、詩歌にこもる心情。草香江という地に愛着やつながりを持つ者たちが、草香江の地で詠まれた詩歌に触れることで、古今の時代を超越して詩人の心根を感じ、触発され、何事かを思う。そして再び詩歌を紡ぐ心が土地の記憶を未来へつないでいくのだろう。旅人の歌「草香江の入り江にあさる葦鶴の あなたづたづし友なしにして」も劇にうまく取り込んでいた。優しく温かい空気に包まれたような余韻が残っている。出演は柳田詩織、村岡雄輔ら。(臼山誠)